ART of book_文庫随想

『マラカンドラ・ペレランドラ・サルカンドラ_自分が感じたものが作品の意味するところ』

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平成に読み残した文庫

令和になってしばらく経ちました。
平成最後ということで、平成でやり残したことを、つらつら考えながら日本橋から京都三条大橋まで、中山道旧道をBD-1で旅してきました。

そう、これも平成のうちにやり遂げておきたかったことのひとつだったのです。

旅の途中で、平成元年に読んだ本を思い出しました。

『マラカンドラ/沈黙の惑星を離れて』

それは、C・S・ルイスが書いた別世界物語のいわゆる1巻目です(いわゆると書いたのは、3冊ある別世界物語は、どれも独立して読むことができるからです)。

C・S・ルイスといえば、『ナルニア国物語』(全7巻)の著者です。小学生のころに読んだ本のなかでもっとも好きだったのが、ナルニア国物語。

映画化されましたが、全七話を映像化できませんでした。しかし、それが原作を貶める理由にはなりません。

そのルイスの小説に出会った高校時代、思わず懐かしさで手に取ってしまったのです。

マラカンドラに続くペレランドラ、サルカンドラは、そのうち読もうと思っていたら、30年の時が過ぎておりました。

実は、持っている文庫はマラカンドラのみ。もう絶版になっていました。こんなとき、amazonでお取り寄せです。

30年も経過すると、内容はほぼ忘れておりました

さて、ペレランドラとサルカンドラを読もうと思うのですが、肝心のマラカンドラの内容を全く覚えていません。主人公が火星に行ったことくらいしか記憶にないのです。

そして、目に見えない、実体のない、宇宙の意思というかなんというか、そんなものが登場していたような……。『2001年宇宙の旅』みたく。

ということで、マラカンドラから読み直しです。

高校卒業後、予備校時代や大学生の頃に、続編を読まなかった理由がわかりました。多感なその当時、もっとリアリティあるものが読みたかったのです。

『ナルニア国物語』はとても面白かったのですが、それは小学生の頃の話。さすがに高校・大学生の時分に読みたいとは思わなかったのです、もっと「いま読まなきゃ」という強迫観念に駆られたタイトルを読み漁っていました、意味もわからず。

結局、3冊とも読破したのは、令和になってから。

3冊の中でもっとも退屈せずに、読破できたのは、もっとも分厚い『サルカンドラ』でした。『ナルニア国物語』を読んでいる人ならば、あの挿絵が浮かんできそうな、そんな内容や描写に、懐かしさを感じてしまうかもしれません。

『マラカンドラ』と『サルカンドラ』の解説は、荒俣宏さん。そこには、この別世界物語についての発表当時の評価について書かれていました。必ずしも高い評価を得たわけではなかったようです。

確かに、この3冊をどう受け止めてよいのか、少々戸惑ってしまうかもしれません。それがキリスト教文化圏の人ならなおさらでしょう。

意図するのは作者、意味をもたせるのは読者

私はといえば語弊を恐れずに言うと、『別世界物語』の3冊は、『ナルニア国物語』の大人版なのでした。なので、ルイスが伝えたいことがなんとなく、伝わってきたように思います。

心が穢れる前に読んだ『ナルニア国物語』は、冒険モノとしてもファンタジーとしても受け取れました。宗教的寓話も斜めからではなく、素直にスッと心に入ってきたものです。

これと同じく、この歳になって読むと、さほど意地悪な見方で読み進めるのではなく、小学生の頃に感じたワクワクドキドキを思い出しながら読み進むことができたのです。

本は人生において、読むべきときに目の前に現れると勝手に信じてますが、この3冊はいま、読む時期だったということでしょう。

それに、ルイスは別のところで、このように自分の作品について書いています。

“私たちの作品は、神が創造され、賦与された意味をすでに含んでいる要素を、私たちなりにアレンジしたものに過ぎません。私たちの素材の中にあるそうした神与の意味ゆえに、自分自身の作品の意味を知りつくすことは、私たちにとって不可能です。私たちが夢にも意図しなかった意味が、最上の、またもっとも真実な意味であるということもありえます。本を書くという仕事は創造よりも庭作りや出産に似ています。その三つの場合(創作・造園・出産という)において、私たちは、いってみれば独自の流れかたで流れている原因の大河に一つの因子として流れ込んでいるに過ぎません”(マラカンドラ:P260)

ヘッセも同じようなことを庭作りについて自分の書の中で言ってますね。

そしてルイスはこうも言っています。

“意図するのは作者で、意味するのは書物である。作者が意図した意味が読者の見出した意味にくらべてあらゆる点ですぐれているかどうか、いや、いい所があるかどうかということさえ、確信できない”(サルカンドラ:P469)

これ、批評家にとっては嬉しいお言葉です。小説だけでなく、絵画や彫刻、映画……すべての創造物についても当てはまることです。

つまり、つまらないと思ったものはつまらないもので、オモシロイと思ったものはオモシロイものだということです(自分にとって)。

だから、感性のセンサーをつねにビンビンに研ぎ澄ませておかねばならないのです。

ということで、これからも自分が感じたままに、本だけでなく芸術作品全般、そしてクルマ、食……あらゆる事象に自分の意味をもたせちゃおう! と思った一冊。

『マラカンドラ_沈黙の惑星を離れて:C・S・ルイス/中村妙子訳
ペレランドラ_金星への旅:C・S・ルイス/中村妙子訳
サルカンドラ_かの忌まわしき砦:C・S・ルイス/中村妙子/西村徹訳
ちくま文庫』

すでに絶版となっています。
作中にこんな姿の天使は出てきません。
作中の女王は、こんな肌の色はしていません。
作中では、こんな悪魔は登場しておりません。

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