ART of book_文庫随想

『恋愛と贅沢と資本主義_奢侈は脳天に突き刺さる牙である』

無駄がないようで、そうでもない自然

自然にあるものは、無駄のない形態──デザインをしていると思われがちです。
マグロが速く泳ぐために紡錘形の身体をしていたり、高い木の葉を食べるために長くなったキリンの首……などなど。

それは、自然選択の働きによるもので、ダーウィンの説は正しいということになります。

……が、実はどうみても合理的な進化とはいえない生物もいます。
たとえば、すでに絶滅したマンモス、オオツノシカ、現存するバビルサなどなど。
つまり、マンモスの牙は大きくカーブを描くことで、本来役に立っていたであろうエサを堀りおこしたりには適さなくなってしまいました。
オオツノシカも、角が巨大になりすぎたために絶滅したと一部ではいわれるほど。
バビルサも、牙(犬歯)が自分の肉体を突き破って伸び、しまいには眉間に伸びた牙が刺さって、それが原因で死んでしまう固体もあるほど。

こうした必要以上に大きくなりすぎた牙や角は、無駄のない形態とは言いがたいのです。
そこで、「定向進化説」が唱えられるのですが、どうやらそれだけでは説明がつかないようです。

異性にモテルために

そこで、一部の派手な鳥類を例に出すと、そんな例はたくさん出てきます。
しかし鳥類の場合は、「美しい」というただその理由だけで、ついつい見落とされがちです。
たとえばクジャク。たとえば、フウチョウ。
それらは求愛のために有利に働くように、派手な羽根をもっています。
つまり、メスに気に入られて交尾をするためだけに特化した形態です。
しかし、交尾をする目的以外では、役に立ちそうもありません。むしろ外敵から逃れるためには邪魔になりそうです。

同じように、マンモスやオオツノシカ、バビルサなど、牙が大きいほどメスに気に入られるという説があります。つまり、その方がセックスアピールがある、ということでしょう。
ということは、性淘汰説により、巨大で立派な角や牙のオスが交尾できる機会が増え、子孫を残せるという訳です。

この理論、人間に応用するとこうなります。

まずは、女性から。

しかし、とくにきわだって重要とおもわれることは、優雅な娼婦が進出してくるにつれ、折り目正しい婦人たち、すなわち上流階級の婦人たちの趣味の形成も、娼婦的な方向に影響されていったという事情である。

そして、男性の場合。

彼(メルシエ)は奢侈を『富者の刑吏』と名づけ、富者があまりにも行き過ぎに走るために、もはや楽しみを味わうわけにもゆかなくなったありさまを、強烈な言葉を用いて次のように述べた。
『刺激があっても、もはや満足は得られず、まったく無感覚になってしまった。次から次へと新奇なものをめまぐるしく味わったところで、ふきげんな気分だけをもたらし、愚かな出費がかさむばかり。これが、モード、衣装、風俗、言語問わず、すべてのことがただ意味もなくつねに移りかわっていく根拠となっている。裕福な人々は、やがて何も感じなくなる境地に達する。彼らの家具調度はたえず変化する装飾となり、何を着るかは毎日の苦役であり、めしを食べるのも人前で行進するのと同じことになる。思うに、欠乏が貧者を苦しめるように、奢侈が彼らを苦しめているのだ。(中略)とどのつまり奢侈のおかげで倒産しないような財産は一般には存在しないと言える……』※( )内は私の補足です。

女性は、強い男性(つまり現在で言う経済力のある男性)を獲得するために、上流社会の婦人だろうが一般人だろうが、娼婦的なスタイル──簡単に言うところのセックスアピールのある男性ウケするスタイルに。

そして男性は、〈衒示的〉欲求を満たすために、クルマや時計や宝飾、ファッション、それに目新しいレストランなど、次から次へとさらにレアで高価なものを求めるようになります。それはつまり、経済力を顕示するもっとも有効な手段であり、より多くの女性を獲得するために必須でもあるのです。しかし、そうしたライフスタイルは、バビルサの牙と同じであることもゾンバルドは予見しているのです。

と、まあ、あくまでも、これは一試論。

何事も中庸が肝心です。

それに、わたしのように経済力のない男にも、なにを間違えたのか結婚したいという女性がいて、いまも夫婦として成立していたりするのですから。蓼食う虫も好き好きです。

世の中の男女、さまざまな価値観をもっているのですから、一概にもゾンバルドの唱えることが当てはまるとは言えません。
とはいえ、スーパーカーや何千万円もする時計がいまだにたくさん売れる日本。
「恋愛」と「贅沢」が、「資本主義」を支えているのも確かなようです。

多くの国々で一夫一婦制であってよかった、と痛感した1冊。

『恋愛と贅沢と資本主義ヴェルナー・ゾンバルド_金森誠也訳/講談社学術文庫

講談社学術文庫の表紙は、カタイなぁ、と思わせますね。
いつの時代も男は女に振り回されるものなのです。

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