ART of book_文庫随想

『妻についた三つの大ウソ_音戸大橋に行きたい!』

プライベートエッセイの類は、作家の素顔を知ることができるのでたまに読みます。
もちろん、かつてその作家の本を読んで、作家自身に興味が湧いた人に限ります。
エッセイに、「あるある〜!」と共感できることがらが書かれていると、さらにその作家が身近に感じられるものでもあります。
柳田邦男氏のこの本には、最初からそんなエッセイのオンパレードで、どんどん読みすすんでしまいます。

昨年、愛媛に取材に出かけた際、その取材をアレンジメントしてくれたI社長から、ぜひ見て欲しいクルマがあると云われました。
そのクルマとは、BMW 3.0Si。
長いことBMW専門誌の編集長を務めていたので、程度の良し悪しも含めて見て欲しいということだったのでしょうし、こんなクルマがあるから、またいつか取材に使ってもいいよ、ということだったのかもしれません。
ワンオーナーで大切に保管されていたという個体なので、内装も傷みはなく、当時のままの姿。
残念なのは当時の法規のため、ドアミラーからフェンダーミラーへとされた際に開けられた穴が残るくらい。
しかし、それも新車で日本に正規輸入されたことを裏付ける証拠にもなります。
トランクには、バルコムの名刺などが車検証入れにはいっていました。

そこに気になる一冊。
どうやら当時の道路地図帖がありました。
特選ドライブ41コースと書かれています。
戦後の高度成長期、どんなルートがドライブに推されているのかすごく気になります。
それに、表紙の写真は自分の知らない橋の航空写真。
その橋の航空写真に心を奪われてしまったのです。
できれば、一度走ってみたいと。
思わず、「Iさん、この地図使わないようでしたらもらっていいですか?」とお願いしておりました。

 

エッセイを読み進めているうちに、柳田邦男氏は、NHK時代に広島へ配属されたことを知りました。
そして、どうやらそこで奥様と知り合ったことも。
後半に、『恋のcandidate(志願者)』という、歯が浮きそうなタイトルのエッセイがあります。
その一節を読んで、ひょっとして……という予感がしました。
若きころの柳田邦男氏の恋にまつわるエッセイです。
柳田邦男氏の友人N君が、傷心したらしい柳田氏の気分を晴らそうと、仕事が終えた夜に倉橋島へ誘う場面です。

「呉から音戸大橋を渡り、くねくねとした島の道路を走って、一時間あまりで、N君の実家に着いた。」

倉橋島など知りませんし、行ったこともありません。
しかし、なぜかこの一節を読んだ時に、その場面が明瞭なイメージとして浮かんできました。
ヘッドライトに照らされるコンクリート擁壁に赤い橋のアーチ。
そう、3.0Siのトランクに入っていた道路地図帖の表紙の橋です。
急いで書棚から道路地図帖を取り出して、表紙の橋の名前を調べました。
やはり。
音戸大橋でした。

人生には、こんな小さなシンクロニシティが度々あります。
しかし、気持ちにゆとりがないと、何も感じず、何も気付かずに流されてしまうことも。
こんなこともあって、この一冊は共感以上のものを感じるようになりました。

『恋のcandidate(志願者)』の次が、本のタイトルであるエッセイ『妻についた三つの大ウソ』。このたった5ページのエッセイだけでも、妻に読んでもらおうと思った一冊。結婚前の私の金遣いなんて、柳田氏に比べたら可愛いもんだよ、と。

『妻についた三つの大ウソ:柳田邦男/新潮社』