ART of book_文庫随想

『失敗の本質 日本軍の組織論的研究_最終進化形なんてない』

ジャケ買いというのがあるけれども、表紙買いというのが文庫の場合はあります。久々に表紙買いをしたのが『失敗の本質』です。
「破綻する組織の特徴」という見出しで、5つの項目が挙げられているのですが、どれも実体験として納得のいくものばかり。
なんとなく(というかハッキリと!)、とある人物の顔が浮かんでくる項目さえあります。

・トップからの指示があいまい
・大きな声は論理に勝る
・データの解析がおそろしくご都合主義
・「新しいか」よりも「前例があるか」が重要
・大きなプロジェクトほど責任者がいなくなる

これまで3つの版元に在籍してましたが、最初の版元を除き、企画会議で重要視されるのは、「新しいか」よりも「前例があるか」という点。
類誌なんてないのに、タイトルが似てるだけでクソつまらない(安易につくった)雑誌と同カテゴリーとみなされて、「これは売れない」「取次がとってくれない」……云々。

そして通りやすい企画と云えば、売れているタイトルの二番煎じ。

ほとんどの出版社が、いまやこんな感じなのかもしれません。
雑誌が売れなくなった理由は、ネットの普及だけとはとても言い難いのです。

……と、話が逸れましたが、旧日本軍が出てくる本──というか太平洋戦争の本は、小学生の頃に読んだ『ビルマの竪琴』その他で、もう読みたいと思わなくなった経緯があります。
そもそも太平洋戦争の史実も読んでいて暗い気分になるので、義務教育で学習したこと以上は知りたくないというのが本音。
「日本軍の組織論的研究」というサブタイトルが先に目に入っていたら、この文庫も手に取らなかったかもしれません。

そんなわけで日本人の恥部として見ないようにしていた太平洋戦争に関する書物ですが、旧日本軍の戦記を知るのは、なかなかサラリーマン人生において役にたちそうです。これまた興味のない戦国武将を調べるよりも、よほど時代に合っていそうです。

“学習理論の観点から見れば、日本軍の組織学習は、目標と問題構造を所与ないし一定としたうえで、最適解を選び出すという学習プロセス、つまり「シングル・ループ学習」であった。しかし、本来学習とはその段階にとどまるものではない。必要に応じて、目標や問題の基本構造そのものをも再定義し変革するという、よりダイナミックなプロセスが存在する。組織が長期的に環境に適応していくためには、自己の行動をたえず変化する現実に照らして修正し、さらに進んで、学習する主体としての自己自体をつくり変えていくという自己革新的ないし自己超越的な行動を含んだ「ダブル・ループ学習」が不可欠である。日本軍は、この点で決定的な欠陥を持っていたといえる。”(p332)

つまり、軍人タイプは頭が固いということですね。

“帝国陸軍は、西南戦争や日清戦争を通じて、火力の優越が戦闘のカギとなる要因であることを知っていた。現場第一線では、日本軍火砲の射程や威力不足について不満が多かった。しかし、いずれも戦争が終わると忘れられ、日本軍の軽砲主義は大東亜戦争まで続くことになった。近代戦の要素を持っていた日露戦争を経験しても、西南戦争に従軍した指導者は、過去の薩軍の突撃力がきわめてすぐれていたこと、露軍が歩兵の近接格闘を重視し実際白兵戦等が強かったこと、旅順戦における二〇三高地の最後の勝利は肉弾攻撃であったこと、などに思いをはせて、結局は銃剣突撃主義に傾倒していった。”(p350)

「るろうに剣心」と西南戦争は、近い時代として認識してましたが、「火垂るの墓」と西南戦争は、別の時代として認識していました。
……が、西南戦争の気分を大東亜戦争まで引きずっていたとは……。

学校で教わる日本史には、こんなことは書かれていません。
なんだかすごく日本史がおもしろいものとして感じられるようになりました。

ところで、この文庫の裏表紙に、とある人物の推薦キャッチがあります。

“何をどうやって間違ったかっていうことは、だいたい失敗に共通することで
要は「楽観主義」、「縦割り」、「兵力の逐次投入」とかですね”

その人物とは……、東京都知事 小池百合子!

そして、このキャッチの下には、もうひとつのキャッチがあります。

“会社組織の経営に常に必要な「戒め」を学べる指南書です”
──サントリーホールディングス社長 新浪剛史

なんともウィットに富んだ皮肉に見えてしまうのです。
都知事は「戒め」を学べていたのかな、と。

失敗は成功の母というのは嘘で、他人の失敗は成功の母ということが分かった一冊。

『失敗の本質 日本軍の組織論的研究:戸部良一・寺元義也・鎌田伸一・杉之尾孝生・村井友秀・野中郁次郎/中公文庫』