ART of book_文庫随想

『アメリカ合州国/新・アメリカ合州国_ブラックジョークのような結末』

なぜか映画のタイトルが浮かんできてしまうのです

アメリカ合衆国の大統領選挙の報道が、連日伝えられるため、いま一度USAのことを勉強してみようと思って、積読文庫から2冊を抜き出しました。

『アメリカ合州国』と『新・アメリカ合州国』。本多勝一氏が、1969年に訪れたアメリカ合州国のレポートが『アメリカ合州国』で、その32年後に再び同じ場所を訪ねたルポが『新・アメリカ合州国』。2020年のいま、この2冊を一気に読むことができるのは、ある意味幸せなことです。

最初の『アメリカ合州国』で、南部を訪れたあたりの箇所を読んでいて、映像として浮かんだのは、映画『イージーライダー』。ピーター・フォンダとデニスホッパーがいきなり銃で撃たれてしまって、それでエンディングというあのシーンです。

星条旗を背負った主人公(ニックネームは、キャプテン・アメリカ)が、南部の田舎オヤジに理由もなく撃たれちゃうという理不尽、当時のアメリカに対する、ある意味風刺なのですが、この映画について、本多勝一氏も本書のあとがきで言及しておりました。

つまり、あの映画のシーンそのままが現実であったということです。昨年、グラウンドサークルを弾丸一周しましたが、できれば南部方面には行きたくないなぁ、と思っておりました。東洋人というだけで、撃たれるなんてことはもうないとは思いますが、やはり白人社会に入っていくのは、差別される側としてはいろいろリスクを背負わなければならないからです。

さて、『アメリカ合州国』では、『イージーライダー』以外にも映画のタイトルがいくつか連想されました。

キャプテン・アメリカの次は、アポロにブラックパンサー

たとえば、『ロッキー』。ロッキーのライバルで後に友人となる黒人ボクサーであるアポロ。どうしてロッキーと闘う相手がアポロという名前なんだろう〜、と小学生だか中学生のころに思っていました。アポロといえばギリシア神話の太陽神です。

ギリシア神話のアポロのイメージが、映画の登場人物のアポロとまったく融和しなかったのです。

『アメリカ合州国』では、アポロ13号の打ち上げに関しても本多氏はレポートしています。われわれ日本人は、当時のアメリカ人は全員、アポロ13号打ち上げに熱狂していると思っているかもしれませんが、本多氏によると黒人たちはほぼ無関心であったことが分かります。ベトナム戦争と同じく、USAに住む人々が両手をあげて歓迎してはいなかったのです、特に黒人は。

ということで、アポロ計画に無関心であった黒人に、アポロという名前をつけるのは、なんとも意味ありげではありませんか。

そして時代はずっと下りますが、映画『ブラック・パンサー』。1969年当時、黒人運動の中で特に急進的組織だったのが、「ブラック=パンサー(黒豹党)」であると紹介されています。ハーレムの支部事務所を訪れた際には、毛沢東やホー=チ=ミン氏の大きな顔写真が貼られていたらしい。

このブラック=パンサーの名前が、そのまんまスーパーヒーロー映画のタイトルになっているのです。映画は黒人監督、黒人が主人公、キャストやスタッフも多くの黒人が関わっていたということで、なにかのメッセージがタイトルに込められていたのかな、と。

ま、文庫本の内容とはまったく関係ないどうでもいいことなんですけど。

芝生 しかし今回の戦争を見て、私にはやはり人類は進歩しないという愕然たる思いがあります。
本多 科学だけが一方的に進歩して、心はギリシャ時代や古代中国や「万葉集」時代から進まない。退歩じゃないかと思うぐらいですね。
芝生 退歩ですね。
本多 しかし殺す手段は発達するから、ろくでもないことになっちゃう。これは人類のもう、黄昏ですね。

新・アメリカ合衆国(P286)

本多氏と芝生氏の対談のような内容、多くの人が学校で歴史を習い始めた頃に最初に気づくでしょう 。しかし、まだそれは想像の範囲で導き出されたことに過ぎません。

しかし、ベトナム戦争やその他、多くの経験を積んでもなお、行きつくところは同じであるなんて、なにかのブラックジョークなのか……。身も蓋もない話だけれども、そもそも人間って、身も蓋もない存在であるということなのでしょう。

ということで、アメリカ大統領が変わっても、たぶんアメリカ合州国の本質は変わらないということが分かった2冊。

『アメリカ合州国/新・アメリカ合衆国』本多勝一/朝日文庫

中古でしか買えないのが残念です。
表紙のデザインを変えないというのも、筋が通ってます。

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