思い出の地、あざみ野駅に降り立つ
まだ2000年を迎える何年も前、あざみ野駅前に住んでいたことがありました。新婚生活という新たな生活様式をスタートするためでした。
六本木にある出版社から電車のある時間に帰宅できたとき、あざみ野駅から5分とかからないマンションに辿り着く途中に、屋台のラーメンがたまに出店していました。それがなぜか豚骨ラーメン。しかも博多や筑豊、佐賀系ではなくて熊本系。
帰宅する前に思わず、おふとりさましていたのでした。いま思えば、新婚当初からなんともダメな夫ではありました。
コロナ禍の2021年、クルマで出勤することもなくなり、20数年ぶりに電車通勤に戻ったのですが、乗換駅が思い出のあざみ野駅なのです。田園都市線の改札を抜け、まっすぐ市営地下鉄の改札へと向かわず、なんとなく、ふらふらっと、20数年前の帰宅ルートを辿っていました。若くて可愛らしくて、優しくて、夫の帰りを待っている家人の幻影を求めていたのではなくて、あの屋台の豚骨ラーメンが恋しくなったのです。
駅前の横断歩道で赤信号待ちのときに、思い出の屋台のトラックの姿を遠くに見つけることはできませんでした。そりゃそうだよな、あるわけないよな、と再び駅に戻ろうとすると、なんか魅力的なラーメン屋を見つけてしまったのです。
名前負けしている飲食店でないことを祈るばかり
「俺の〜」とか、「男前〜」とか、「いきなり〜」とかが店名や商品名についているのって、マーケティングが先行しているみたいでいつも敬遠しているのですが、「あの小宮」って、ちょっとどうなんだろう? 「おい、小宮!」だったら、なんだか指名手配犯のポスターみたいで笑えるのだけれども、「あの」だと、“excuse me”なのか“that”なのか、意味が曖昧です。
と、そんな店名のことはどうでもよくて、店内の券売機の前に立って気がつきました。醤油しかないと思っていたら、塩も味噌もあるではないですか。ラーメンにおける基本三元味ともいえるサッポロ一番3大袋麺味ともいえる、醤油・塩・味噌を掲げるラーメン店に美味い店なし、と、いう自分のなかでの選別基準をクリアしていません。
味にこだわりのあるラーメン店は、たいていひとつに絞って勝負しているからです。
もうすでに店内に入ってしまっているので、引き返すわけにもいかず(腹ぺこで死にそうだったし)、とりあえず、一番左上のボタン「醤油らぁ麺」を押すことに。
この麺を探していました
比内地鶏だしがスープのキモのようです。ということは、「塩らぁ麺」を選択すべきだったかも、という後悔先に立たず。いやいや、この日のマインドは、すでに醤油だったので(看板写真が醤油だった)、それ以外は考えられなかったのです。
あまり期待もしていなかったのですが、テーブルに置かれたラーメンは、なんともおいしそう。糸唐辛子がのせられているラーメンは、たいてい意識高い系の洗練されたテイストです。
醤油らぁ麺 780円
半熟味玉 110円
チャーシューもいいけど、歯ごたえのある鶏肉もまたよし。いつも家庭で作る水炊きを思い出してしまいました。スープ表面を覆っている鶏の油もまた、自家製水炊きを思い起こさせるもの。ああ、おふとりさま……。
中華ストレート麺がまたおいしい。噛むと比内地鶏だしに負けない小麦本来の香りをしっかり伝えてきます。しかも、記憶にある食感です。
そう、それは愛してやまない“かづ屋”の麺を思い出させる食感だったのです。
シナチクの肉厚具合といい、味玉の半熟具合といい、完璧! 期せずしてすべてが自分好み。スープはもっとあっさりでもよいのですが、比内地鶏だしを謳うなら、これくらいのパンチがないとたいていの客は納得しないでしょう。
おい、小宮! 美味しいじゃないか!
ということで、醤油以外の塩、味噌も試さずにはいられないのでした。
出社した日の夕食は、ここでおふとりさまするという新生活スタイルが確立されたのでした。つづく。