ART of work_編集者の憂鬱

雑誌が生きるチカラになるときもあります

伝えたい想い

商業誌、ではありますが、雑誌を作っていてうれしく思うことはたくさんあります。紹介したモノ・サービスのレスポンスがよかったという商業誌として当たり前のこともそうです。しかし、なんといっても雑誌を手にし、記事を読んでくれた人の人生を豊かなものにできたときほど、うれしいことはありません。

私がスーパーカー雑誌であるROSSOを携わっているときのことです。ある日突然、ROSSOを担当することになってひと月ちょっと過ぎたとき、未曾有の大惨事が起こりました。

それは東日本大震災。

スーパーカーとラグジュアリーカーをメインに扱っているROSSOの場合、悠長にこんな雑誌をつくっている場合なのだろうか、と自問自答したものです。日本全国、自粛ムードが蔓延していました。スーパーカーという贅沢な乗り物を礼讃する雑誌が、この先必要とされるのか否か。他のクルマ雑誌では、あっという間にエコカーがもてはやされるようになっていきます。

しかし、「だからこそスーパーカーだ!」と、そのときに思い立ち、それまで以上にスーパーカーとラグジュアリーカーに特化した内容へ推し進めることにしたのです。当時の特集タイトルがそれを物語っています。「反骨のランボ」「孤高のスーパーカー」「エゴカーでいく」……。まるで自分自身を奮い立たせるためのタイトルのよう。

当時、自分が幼い頃にワクワクしたスーパーカーを改めて誌面に登場させることで、沈滞ムード一色の世の中、せめてクルマ好きの人たちにだけでもいま一度、かつてのワクワク感を取り戻してもらいたいという想いが起こりました。また、ROSSOが提唱するスーパーカーってなんだ? ということを改めて再定義しようと思っていたこともあって、アウトモビリ・ヴェローチェの岡戸さんにお願いして、幾度かあの赤と黒のウルフ・カウンタックを誌面に登場させていただいたのです。

取材しているこちらが、それはもう興奮しました。幼い頃に、スーパーカーカードやポスター、その他いろいろな場所で目にしていたカウンタックそのものを目の前にしているのですから。映画『甦る金狼』にも登場したカウンタックは、取材する度になんだか私にパワーを与えてくれたかのようでした。このパワー、読者にも伝わっていたのでしょうか?

生きる目標を与えた記事

それが、嬉しいことに伝わっていたのです。2011年、バイクレースで大事故に遭い、トータルで8ℓもの輸血をしたという方とお話をする機会がありました。一命を取り留めた彼は、入院中に家族に頼んで、ROSSOを買ってきてもらったそう。そこでページをめくって、ウルフ・カウンタックの姿が目に止まったそうです。少年の頃、憧れだったカウンタック。いつか乗ってみたいと思っていたカウンタック。そんな幼い頃の夢をいつしか忘れてしまっていたことをそのときに思い出したのだと話してくれました。そこで彼は決意します。退院したらカウンタックを手に入れよう! と。それは生きる目標となり、異例のスピードで恢復し、彼は退院します。そして退院してしばらくして、たまたま売りに出されているカウンタックと運命的に出会うことになります。それは2012年の出来事。
カウンタックが手元に来てからというもの、すべてがよい方向に向かっているように思うと話してくれました。カウンタックがあることで、テンションも上がり、だからこそすべてがうまくいくのでしょう、と。そしてあの時にカウンタックの特集を組んでくれて感謝しています、とも。

取材先でこんなことを本人から聞かされるのは、エディター冥利に尽きます。たかが商業誌、しかし、人に生きる希望を与えることや、そのきっかけになることも、たまにあります。

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