ART of book_文庫随想

『読書のすすめ』_タダとは思えないクオリティ

本棚を整理していたら、買った覚えのない背表紙が目に入りました。
文庫本はカバーをつけたままにしているので、カバーのない薄っぺらな文庫本、身に覚えがなかったのです。

書棚から取り出してみて、奥付を見ると「非売品」と書かれています。
たぶん、どこかの書店で文庫を買った時に、いただいて来たものなのです。

ふーん、と何気なくパラパラとめくってみると、なかなか興味深い人たちが岩波文庫について語っているようです。
思わず読んでしまいました。

雑誌を読んでいて、まったく残念な気持ちなる書き出しというものがあります。
それは、「編集部(担当者)から、何々について書いて欲しいと依頼されたので……」という書き出しです。
乗り気ではないんだけど、お願いされたので(仕事上)、渋々書いてます、という言い訳がましさが垣間見れるし、また実際そのように文章が続いている場合もあります。
私が担当者なら、その冒頭はザックリとカットして、書き直してもらいたいところですが、大抵の場合、まあまあ(一流ではないけど)有名だったりする執筆者なので、担当者もそうはいかないのでしょう。

創業90周年に「読者が選んだ〈私の好きな岩波文庫 100〉」という文庫フェアでもやったのでしょう。『読書のすすめ』は、その際に岩波文庫について「読書のすすめ」というお題で執筆依頼したものと思われます。
池内恵、奥本大三郎、香山リカ、姜尚中、齋藤孝、斎藤美奈子、立花隆、田中優子、藤原正彦、船橋洋一、という執筆者の名が並んでいます。
若い頃、存命作家の本はあまり読む気がしなかったので、私にとって著作で馴染みのある方は少ないのですが、どれも素晴らしい文章ばかり。
というか、個性的でおもしろい。
ターゲットを若者と絞って書いている人もいれば、まったく関係ない話をしているようで、実は、きちんと岩波文庫のPRになっているものも。
「今回、読書が選んだ〈私の好きな岩波文庫 100〉というのを選出したそうなので、私の好きな岩波文庫について書きます」的な書き出しは皆無です(1作品を除く)。さすがプロ。
各人の文章に、それぞれ気になるフレーズがあるのですが、ここでは一つだけご紹介。
田中優子さんの『未来を考える古典の本』の一節が面白い。
たぶん、私も高校生ぐらいの頃に読んだ記憶のある、宮本常一著『忘れられた日本人』について書かれているくだりです(内容はすっかり忘れてしまいました)。

「──石ころを金にかえるために農民がどれほど働いたか、この本の中では同時にそれが実感できるのだが、この言葉からは、その働きが尊敬の念でみられていたこともわかる。逆に言えば、当時の商人は農民と自分とを比較しながら、自分のおこないが人間としてどのようなことであるか、自覚を持っていた。物を動かして利ざやを稼ぐことと、ゼロから物を作り上げることとの違いを、肌身で知っていた。ここから見ると、今の世界はその自覚を無くした世界なのである。」

今の世なら、農民を職人や広い意味でのクリエーターに置き換えて、商人を……(おおっと、そこは自粛)に置き換えるとわかりやすいかもしれません。

読んだことのある本も、そろそろ読み直す必要があるかもしれないと痛切に感じ入った一冊。