ART of book_文庫随想

『吉行淳之介ベスト・エッセイ_ひとにやさしく』

あるJRの駅前にあるバス停で、巡回バスを待っていたときのこと。

そのバス停は、あるホテルへの巡回バスの乗り場であると同時に路線バスの停留所でもありました。

私の前には5〜6人の列がすでにできていて、その列に並んで文庫本を読んでいました。ほどなくして滑り込んできたバスは、路線バス。

私の前に並んでいる人たちが次々とそのバスの乗り込んでいきます。そこで私は、路線バスに乗る人の邪魔にならないように、バスの乗車口のスペースを開けて、巡回バスを待つ最前列に並んでいたのです。

すると、私の後ろにいたスーツケースを3つも持っている男性がガラガラとわたしの前に……。
当然路線バスに乗るのかと思いきや、乗車口をスーツケースで塞ぎ、わたしの前に立つではありませんか……。

「ん?」

一瞬、何事か理解不能……というか、日本人ならば絶対にありえない行動に、舌を巻いたと言うべきでしょうか。
その大陸系の男性は、なんと、私が並んでいるにもかかわらず、巡回バスの列に割って入ってきたのです。

大陸では、そんなマナーが普通なんだろうなぁ、と、怒るどころか珍しい動物でも見るような気分で、その男性の姿を一瞥してしまいました。
文庫本に夢中になっているせいもあって、価値観の異なる人にマナー云々を言う労力さえ惜しかったのです。

ただ、心のなかでは、「やっぱり大陸系だよなぁ……」と呆れていたのも確かです。

数ページ読み進んだところで、巡回バスがやってきました。

そのバス停からホテルまでのピストン巡回ですから誰も乗車していません。さっさとバスに乗り込もうとしたら……。

私の前に割り込んだ大陸系の男性の元に、4、5人の人がわらわらとやってきて、しかも無料のバスにもかかわらず、モタモタしてなかなか乗車できない……という。
さすがに、このときはブツンと来てしまい、大人げなく舌打ちしてしまいました。大陸系の人は、本当に人の迷惑なんて顧みないんだなぁ、と。

そんな風に見下して人を見ること自体、なんとも厭な気分になるので、「イカンイカン、彼ラハワレワレニトッテ、大切ナ外貨獲得ノチャンスナリ。ココハヒトツ、気持チヨク日本国デ大金ヲ使ッテモラワナケレバ」と考えて気持ちを切り替えることに。

しかし、それもなんだか卑屈だし、さらに上から目線のような気もして、厭な気分です。

どちらにしても、厭な気分を味わわされたのは事実です。
まだまだ、人として修行が足りていないということです。

「年少時代、つまり戦時中のことだが、私は軍人タイプの人間がきらいで仕方がなかった。
その頃のきらいという心持には、価値判断も含まれていた。人間には二種類あって、先祖が猿のものとアダムのものとあり、ああいう連中は猿のクチだと思った。近来私も年をとって、どんな人間もそれぞれ存在している意味があると思いたい、と考えている。『万婦これ小町』とは、どんな女もすべてすばらしい美人にみえるようになるのが、男性として到達する最高の境地、という意味のコトバだが、それに似たものである。しかし、女を見て、ああ厭だなと思うことがあるように、人間を見て、ああ厭だなと思うこともあり、目下のところ如何ともなし難い。」

吉行淳之介でさえ、こんな具合なのですから、私なんぞいわずもがな。
先日も、不愉快に思った大陸系のカメラ機材がamazonから届き、その安さと使い勝手に感謝したくらいですから、私にとって存在している意味は十分にあるのです。

それにしても、吉行淳之介の「先祖が猿のものとアダムのものとあり」という一文は、非常に共感がもてます。私も小学生の頃から、人は「見える人と見えない人の2種類がある」と思って生きてきましたから。

男性が歳を取るにつれて、「万婦これ小町」と思うようになるのは、脳科学的には理由があるらしいですよ、という1冊。

『吉行淳之介ベスト・エッセイ:萩原魚雷編/ちくま文庫』