ART of book_文庫随想

『直観を磨くもの_自分の道を辿る』

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学生の頃に読んだ小林秀雄が無性に読みたくなったワケ

久しぶりに小林秀雄の著作を読みたくなりました。著作といっても対談集なのですが、どうして小林秀雄の文庫に手を伸ばしたのか、いま思うと思い当たるフシがありました。

『直観を磨くもの』を読み終えた次の日、一泊というスケジュールで雲取山へ出かけたのです。数ヶ月前から誘ってくれたのは、大学(と、中学)の頃の友人です。

大学生の頃、ランチや飲みに行ったり、とにかく会えばいつもいろんな人生論を語り合った友人です。彼は私と違って速読派で、本屋で立ち読みで一冊読了してしまうような人物(だったはず)。

お互い大学生ですから、まあ、いろんな本を読んでは文学論や哲学論、そして人生論を語り合ったのです。

そんな旧友と、実に何年ぶりのお泊まり会。朝まで飲んだりしたのは、二十代の頃の話。きっとそんな旧友と二人で山行に出かけることになっていたので、学生の頃を思い出して小林秀雄なんて読んでみたくなったのでしょう。

この本では何人もの賢人と小林秀雄が対談しているのですが、なかには学生の頃から親交のある人物もいて、当時を思い出しながらの対談もありました。そんな対談のくだりを読んでいて、「おお、そういえば明日からS氏と山行だったな」と思い出したのです。

八王子発の電車で合流し、まず話題に上ったのが、子供の教育について。

不思議と同窓の友人、先輩のほとんどが、自分と同じ大学には通わせたくないという意見なのですが、それはS氏も同じ。われわれの時代は、偏差値だけで進学する大学を決めていた節もあり、「自分が何をしたいか」で大学を選んではいなかったということも理由にあるでしょう。

なるほどなぁ……。

小林秀雄は湯川秀樹との対談で、教育についてこんなことを言っています。

“封建主義の教育が個性を無視したと言われる。それは、封建主義教育の形式化というものの結果であり、それを見て封建主義教育の持っていた厳しさまで教育から追放して了うというのは間違いでしょう。厳しさのない個性尊重教育なんか不良少年を製造するだけです。個性の尊重というような思想が当たり前すぎて何でもなくなったら、教育者は教育の眼目は統制と訓練だということをさとるべきでしょう。”

(P137)──湯川秀樹との対談「人間の進歩について」

いまや個性の尊重なんて、教育現場では当たり前の世の中。もちろん、現在の教育環境は違いますから、そっくりそのまま鵜呑みにはできませんが、なかなか含蓄あるおことばではあります。

さて、友人S氏は、世界を飛び回るビジネスマン。私もひところは海外出張で忙しくしていた時期があります。

そんな彼と、「これから行きたい国は?」という話題になりました。ふたりの意見は奇しくも同じ。

「別に日本でいいかな……」

もちろん見聞を広めるのは大切ですが、思想を深めるには何もわざわざ海外を歩く必要はないということです。

むしろ日本にも見るべきところは数多くあるし、海外に出なくとも感じ取れることはたくさんあるのです。自国の文化を知らずして、他国のことなど分かろうはずがないのです。

“併し物を見る眼、頭ではない、視力です。これを養うのは西洋のものじゃだめ、西洋の文学でも、美術でも、眼の本当の修練にはならない。日本人は日本で作られたものを見る修練をしないと眼の力がなくなります。頭ばかり発達しまして。例えば短歌なんかやっている人は、日本の自然というものを実によく見ている。眼の働かせ方の修練が出来ているという感じを受けますが、西洋風な詩を作る詩人のものを読むと、みな眼が駄目です。頭だけがいい。”

(P231)──折口信夫との対談「古典をめぐりて」

話は逸れますが学生の頃は、まさに小林のこうした主張を地でいっていたので、パリやその他の海外都市のブランドショップに並ぶ日本人観光客を冷ややかに見ていたのは事実。

雑誌編集者となってからは、前後の文脈から「玉に瑕」でないとしっくりこないのに、「玉にキズ」と赤字を入れててしまう編集者の感性に驚き、そうした人間に限ってカタカナの外来語を使いたがったりして、なんだかなぁ……と思うこともしばしばありました。これなんぞ頭ばかりが発達したいい例でしょう。

いまだからよく分かる小林秀雄の言葉

“小林 画家が絵について語るという事は、やはり絵の独立の価値が、詩だとかと並んで、自覚されて来たと言う事に照応しているのではありませんかな。まあそうなっても、言葉の好きな人と、しゃべらん人と、二種類はあると思うんだ。
梅原 ただね、描いてしゃべった人はあるけどね。まず、しゃべって、それから描いたという人はない。”

(P303)──梅原猛との対談「美術を語る」

就職活動の頃から感じたことですが、ペラペラと弁の立つ人物ほど案外薄っぺらいものです。新卒で入社した会社で、どうしようもなくいい加減な同期がいて、入社してから3ヶ月経たないうちに辞めさせられた人物がいます。面接をした先輩たちは異口同音に「面接では一番口達者だったんだよな〜」と評しておりました。

梅原氏の言葉でいうと、「しゃべってから、それから事をなした人はない」とでも言いましょうか。

「描いてしゃべった人」というのは、付加価値をつけることが上手い人のことです。

こと美術や商業デザインに携わる人、建築家などがそうかもしれません。いかにプレゼンできるか、後付でもいいので理由づけできる人物が仕事をより多くとってこれるという……(ああ、私がもっとも苦手とするところだ)。

しかし、有限実行という言葉もありますから、それがすべてではないでしょう。

同級生のS氏とは、「30歳まではいろいろ好きなことをやって、人生はそれから」みたいなことをよく話してましたが、お互いたまたまそんな人生を辿っているようです。

“ぼくは、とにかく人を説得することをやめて二十五年くらいになるな。人を説得することは、絶望だよ。人をほめることが、道が開ける唯一の土台だ。このごろ、人にはそれだけの道しかないように思っているんだけども、なんでもいいから僕の好きなものは取る。人から取るの。そういう道はあるよ。だから説得をやめたということは、人に無関心になったわけじゃないんだ。取れるものは取ろうと思い出したんだよ。”

(P355)──大岡信との対談「文学の四十年」

そういえば、学生の頃はいかに論破するか、自分の意見を通すか(つまり自分を理解して欲しいということの裏返しなのだけれども)、そればかりに固執していたように思います、友達関係でも恋愛関係でも。

しかし、最近は自分のことはむしろ語らずに、他人の話ばかりを聞いているような節があります。でもそれって、性格が丸くなったということではなくて、取れるものは取ろう、吸収できるものは吸収してしまおうというただそれだけなのです。

つまり、それが大人になるということなのでしょう。

“芸には一般的なものなんてないのよ。一つもない。一人一人が、自分の狭い道を辿るのだね。その他に何かを創り出す合理的なみちはないのだし、これを、職人の非合理主義などと片付けるのは、思想上の怠慢だよ。”

(P378)──永井龍男との対談「芸について」

それぞれの道を歩んできた旧友と一緒に、二十数年ぶりに朝を迎えて分かったことは(もちろん徹夜なんぞせずしっかり睡眠は取りましたが……)、お互い若い頃から持っていたベクトルは変わらないということ。

それは自分の狭い道を歩んでいるなぁ、ということでもあります。

なんだか、そんな当たり前のことを再認識した一泊二日の雲取山山行だったのでした。

そして、やっぱり古典(もはや小林秀雄は古典らしい)は、安心して読めるな、ということが分かった一冊。

『直観を磨くもの 小林秀雄対話集:小林秀雄/新潮文庫』

こんな顔なさってたんですね、知らなかった……。

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