ART of cycling_二輪書

旅するBD-1、東海道五十三次旧道を行く──知立宿

更新日:

DAY 4 12:33_知立宿

2018.3.25

食欲を満たすには国道1号線で

矢作川を渡って、岡崎宿の浮世絵ポイントで撮影したあとは、国道1号線に並行した東海道旧道を西へ。

しかし、どうやら血糖値が下がってきた模様です。体を動かしているせいか、いつもより空腹感が半端ありません。「食欲」を満たさないことには、BD-1の旅は先へ進めないのです。

こんなとき、旅情あふれる旧道にはコンビニやファミレスが少ないのが難点。常時表示している東海道の地図アプリを見ると、60mちょっと離れた国道1号線に「なか卯」を見つけました。

名物を食べてみたい気もしますが、時間の節約と安定の味を求めてなか卯へ。

しばしルートから離れ、なか卯で腹ごしらえ。お腹を満たした後は、すぐに旧道に戻って西を目指したのですが、600mほど走ると、再び国道1号線に合流です。

しばらく国道1号線の歩道を走りますが、〈尾崎東〉で東海道旧道は国道1号線と別れます。目印はマクドナルド。

マクドナルドに面した旧道は、松が点在しています。

この道は、沿道に松の木が点在していて、東海道旧道であることを教えてくれます。

そんな道を6kmほど走ると、東海道旧道は衣浦豊田道路の下をくぐります。すると点在していた沿道の松が、一気に数を増します。

往時の東海道旧道を感じることができる松並木。

ここが知立松並木。
舞坂の松並木と雰囲気がよく似ています。いろいろ石碑やモニュメントが置かれている点もそっくりです。

本陣跡はもっと先ですが、すでにこんなところから池鯉鮒宿の標柱が建っています。
車道は狭いため、歩道をBD-1でのんびり走ります。

松並木の両側に広い側道(現在は歩道)があるのですが、これは知立で行われていた馬市の際に、馬をつないでおくためだったとか。

写真映えしない浮世絵ポイント

この銅像が現れたら国道1号線に出ます。松並木で休む旅人の姿を渡り鳥で表現した彫刻。

松並木はすぐに終わり、〈御林〉で国道1号線を横切って旧道を進みます。

名鉄三河線の踏切を渡ってすぐの知立市消防団第一分団詰所あたりが、どうやらアプリが示す浮世絵ポイントのようです。

しかし、ここがどうにも絵にならないポイントなのです。クルマの往来も多く、BD-1を降りてはみたものの、写真が撮れそうな環境ではありません。

これまでも、浮世絵ポイントだから仕方なく撮影した場所はありましたが、こんなにも写欲がわかない浮世絵ポイントもはじめて。

浮世絵のタイトルは「首夏馬市」。

浮世絵の真ん中あたりに描かれている松の木のあたりが、現在の慈眼寺らしく、ならばと慈眼寺へと向かい、ここで撮影。

慈眼寺は馬頭観世音菩薩が祀られているようでした。

慈眼寺には馬市の碑などもあったりして、確かに馬と関係のある寺でした。

宿場名はおいしそうなネーミングで勝負

さて、知立宿に入って気がつくことがあります。標柱など、いたるところに「池鯉鮒(ちりふ)宿」という文字を見かけるようになりました。

江戸時代には、「知立」を「池鯉鮒」と表記するようになったようです。

実はこの当て字には、宿場のなみなみならぬ思いがあったようです。

知立神社には池があるのですが、どうやらそこが鯉や鮒の産地だったらしいのです。そこで文字通り「池鯉鮒」。

知立宿だとまったく好奇心のセンサーに引っかかりませんが、池鯉鮒宿だと鯉や鮒などが食べられる宿場であることをダイレクトにアピールすることができます。

と、まあここまでは、「池鯉鮒」という地名を調べるとすぐに分かります。そしてここから先はあくまでも私の推測。

となりの岡崎宿は岡崎女郎衆で有名、そして2つ先の宮宿はお亀(熱田近辺の女郎衆・飯盛女)がよく知られていたようです。

『東海道中膝栗毛』でも馬子が次のように歌いながら歩いているシーンが描かれています。

「宮で泊まろかお亀にしやうか、ただしや岡崎よい女郎衆」

知立宿の2つ先は宮宿。宮の渡しからは桑名まで舟を使うのが普通でした。そんな東海道の要となる宮宿。天候などに左右されて、宿泊客も大勢いた事も容易に想像がつきます。つまり、お亀=飯盛女の数も多くなって当然でしょう。

そこで、宮宿で泊まってお亀を買うか、それとも岡崎女郎衆にするか……。男の欲望はこの2つの地点に絞られていたのです。

しかし、知立宿にもぜひとも立ち寄って、できれば宿に泊まってもらいたい。しかし旅人を引き止めるには、近くに宮宿と岡崎宿があるので「色欲」で勝負するのは無理。ならば「食欲」で勝負。そこで導き出したのが、知立を池鯉鮒と変えることだったのです。

「おいしい鯉料理や鮒料理がココにはありますよ」というアピールだったんですね(諸説あります)。

「池鯉鮒」のネーミングの由来に思いを馳せると、知立松並木で見たこのプレートの文章が、とても意味深に思えてきました。宮宿、岡崎宿で遊び疲れた身体を、美味しいものを食べて滋養をつけ、再び京へ、江戸へ旅を続けたのでしょう。

そんなこととはつゆ知らず、お仕事のロケ先でよく利用するなか卯で、いつものように親子丼とうどんのセットを食べてしまったのでした。

まあ、池鯉鮒宿を走っていて、鯉や鮒の料理を提供するお店も見かけませんでしたし、そもそも鯉の洗いも鮒寿しも苦手なのでなか卯でぜんぜんオッケーなんですが……。

さて、現代の宿場町としての知立は、どこでハイライトを迎えるのか掴めないままに通り過ぎておりました。東海道旧道としてのハイライトは、知立松並木だったかもしれません。

しかし、次の鳴海宿までの道のりは、地下を通ったり、歩道橋で渡ったり、変化に富むルートでそれなりに楽しめました。

国道155号線は、地下道で突っ切ります。
今川刈谷停車場線は歩道橋で突っ切ります。

一里塚としては珍しく、桜が植えてある阿野一里塚を過ぎると、次の鳴海宿ももうすぐそこです。

一里塚には榎、松などが植えられることが多く、桜は少数派です。

注:〈  〉内は交差点名を表します。


●GoProからの1枚

旧道沿いで見かけた昭和な本屋。昔ながらの酒屋がコンビニに取って代わられたように、こうした本屋もどんどん数が少なくなってきています。

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