ART of book_文庫随想

『地図のない場所で眠りたい_書かずにはいられない』

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中退が一流で、卒業は二流というヒエラルキー

外出することが禁止されているわけではないけれど、BD-1で旅したり、登山にでかけたり、やはりまだまだ自粛していたほうがいいのかな、という今日このごろ。

タイトルと表紙で思わず買ってしまった本書は、私をどこの未知なる土地へ連れて行ってくれるのだろうと期待してしまったのだけれども、内容は予想していた冒険記とは違っており、早稲田大学探検部の校友ふたりの対談記だったのでした。

私がしばしば聞いたのは、当時はバブルの最盛期で好きな企業に就職できたにもかかわらず、高野さんはあえてそれをせず、辺境ライターの道を選択したという話だった。一方で他の部員は「ぼくらは高野さんみたいにできないんで……」となんだか決まりが悪そうな感じで大手企業に就職していったという。この話は世間と探検部では価値観が逆転していることをよく示しており、世間常識的には大手企業就職組が勝ち組で高野さんがドロップアウトしたほうなのだが、探検部的には高野さんが勝ち組で就職組がドロップアウトしたことになってしまっていることがわかる。

地図のない場所で眠りたい(P343)

これは探検部に限らず、早稲田大学一般に当てはまることなんだと思う。少なくとも、文キャン周辺にいた早大生ならば、同様の価値観を大学生の一時期、抱いていたはずだ。

学生の頃、探検部に抱いていたイメージは、お祭り研究会とかと同一のイロモノであり、そうしたグループでどっぷりと浸った学生生活を送ってしまうと、「カワリモノ早大生」は、自分たちだけだと思いがちになるのかもしれない。しかし、私の周囲にいたサークル活動などで群れない輩や女史たちも、相当に変わっていて、企業に就職すること自体に「世の中に負けた」と感じる人物が多かった。

学生のうちに何かで名をあげて(小説だったり映画だったり音楽活動だったり、なんでもいいのだけれど)、そっち方面の活動が忙しくなって、大学は中退するのがエライ的(一流)なことが普通に言われていたし、実際に気がつくと芸能活動が忙しくなって、中退していたクラスメートもいた。

植村直己さんの初期の作品のような、ワクワクを期待して手にとった文庫なのだけれども、何者でもなく何物もなし得ていないのに、理想だけを熱く語っていた甘酸っぱい学生時代を期せずして思い出させる文庫でありました。

探検部って、当時からエンターテイメント的だと思っていたのだけれども、やはりそれは、ふたりの探検部OBの対談からも窺い知ることができた。

たとえば、著者のひとりである高野氏は「幻獣ムベンベ」を探しにアフリカに探検に行くのだけれども、それってネス湖にネッシーを探しに行く以上に、荒唐無稽だったりするのである。学生の頃に見た、探検部の活動記録に、こうした荒唐無稽の探検がいくつも羅列されていたのを見て、「ああ、イロモノだな」と思ったものだ。

もし、本当にムベンベだか、なにか得体のしれない生物に興味があるのなら、そっち方面の学部に行って、研究するのが本筋だと思う。ただ、「どこかに行く」という行為(登山でもなんでもいい)に、付加価値をつけて、それらしい仕立てにするというだけの方便に過ぎない……と、学生の頃から思っていたけれど、それは、当事者である彼らもこの文庫を読むと認めていることがわかった。

だからといって、探検部をばっさり切り捨てる気持ちはなくて、大学公認体育会系山岳部よりも、自分の感覚に近いという気持ちが当時からあった。山をひとつ登るにしても、山岳部には「遊び」がない。探検部には「遊び」がある。

たとえば剱岳の山頂にセメントを盛って、標高3000メートルにしちゃおう、と云う計画もあったらしい(実現せず)。登り切ることに目標を置くのではなく、こうした「遊び」があるのが、探検部なのだ。

ふざけているようにしか見えないかもしれないが、こうしたことって、雑誌の企画づくりでよくやる手法でもある。

たとえば、あるジェントルマンの自動車耐久レースを盛り上げる企画がかつてあった。自分の場合、E30 M3でこの耐久レースに出たのだけれども、当時はE30 M3に希少性が出て、ガチレースに使うのがもったいないという空気が流れていた時。

だからこそ、企画として注目される。当然、1位なんて狙っておらず、完走だけが目的だから、順位がよくても悪くても、企画としては盛り上がる。もちろん「遊び」だからレースクイーンも用意。ガチで勝負ではなく、企画としてレースをいかに楽しみ盛り上げるかが最優先されるから、ビジュアルも大切なのである。

単純に順位だけを競うのなら、クルマ選びからすでに負けている、勝てるわけがない。しかし、誌面的にはE30 M3でレースに出ている方が、見栄えがするし、企画として単純におもしろい。

もちろん、私が耐久レースに出たいというそもそもの欲求があればこその企画だ。しかし、ただレースに出るのではなく、もうひとつ、プラスアルファの付加価値(この場合は、価格高騰中のネオ・クラシックでレースに出走、とか)を加えるだけで、雑誌の企画として成立するというわけだ。企画が盛り上がる上に、そのレースにも注目が集まる。そして、自分も楽しめる、まさに一石四鳥。

でも、こうした姿勢でレースに出るのは、ガチで優勝を狙うようなチームからすると、邪道そのものであるだろう。

つまり、山岳部から見た探検部がこれにあたる。

そのあたりのコンプレックスが、この文庫の対談では語られている。

口達者なやつほど、実は文章はつまらない……!?

角幡 僕はある種の麻薬みたいな感じなんですよ。書くことって、いろんなことが整理されていくし、リズムに乗ったときの文章って書いていいても気持ちいいじゃないですか。まあ、書いていていて気持ちいい文章って、あとから読むと最悪だったりするんだけど(笑)。
高野 でもやっぱり降りてくる感覚というのはあるんだろう? スーッと。
角幡 うん。それが気持ちいいから、書くことって楽しいんだと思うんです。それはほかではなかなか感じられないし、現場で体験していても、そこまで思考が整理されたりはしないから、その過程がすごく楽しいんですよ。
高野 やっぱり世界観を作るのは楽しいよね。

地図のない場所で眠りたい(P302)

高野 俺自信はやっぱり文章を書かないではいられないんだよね。それは、自分に欠けているものがあるということなんだよ。
角幡 文章を書かないと自分のことを説明できないということ?
高野 そうそう。俺は人見知りだし、学校で先生にアピールするとかそういうこともすごく苦手だったしね。それが文章をかくといちばん伝わる感じがしたわけだよ。自分の思っていること100パーセントとはいかないけれども、話して30パーセントなのが書けば70パーセントぐらい伝わるような感覚。そういう快感はすごくあったわけだよ。
角幡 あ、そこは僕も同じです。話がうまければ、そっちで自分の考えが伝えられますからね。
高野 そういうのが書くモチベーションになるんじゃないかなと思うんだよね。

地図のない場所で眠りたい(P320)

結局、この文庫を読んで、知らない土地に思いを馳せるのではなく、なんだか仕事に近い感じの文章読本になっていたりするわけです。

で、結局、探検部の大半が大手企業就職組になってしまうのは、高野氏のように一頭地を抜く人物がいたことで、自分の適性を知ることができたということなのかもしれません。

大学を卒業して何年も経って、彼らふたりのように、熱く文章について語りあえる大人って、まずそうそういませんから。

というわけで、会って話をすると面白いのに、いただいた原稿がつまらない執筆者って、やっぱり書く仕事に向いていないんだな、ということが分かった一冊(シャベリが面白くて原稿も面白い、シャベリも原稿もつまらない……というのもありますが)。明日から自分もベシャリはやめて、寡黙に徹することにしよう。

『地図のない場所で眠りたい』高野秀行・角幡唯介/講談社文庫

表紙の写真、看板と張り紙がいっぱいあったころの早稲田本キャンの写真の方がしっくりする気がします。タイトルは、「早稲田大学探検部って、どーよ」的な感じで。

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