ART of book_文庫随想

『色川武大・阿佐田哲也ベスト・エッセイ_勝ち逃げはできないのが世の常です』

●無欲の時に限って勝ち続けるものなのです

もう、ずいぶん昔の颱風が直撃するという週末の夜のことです。
家族4人でテーブルゲームに興じました。
まずはトリオミノ。そしてトランプで大富豪、ウノ……。

まだ幼かった息子たちは、自分が勝てないと途端に機嫌が悪くなりました。
次男は、自分が勝てるまでゲームを止めようとしません。
私と妻は、ゲームに勝つことはさほどこだわりがないので、負けても平気です。

しかし、わざと負けるとゲームが面白くなくなります。
そこは適当に力を抜きながら、ということになります。
なのですが、こういう勝つ意欲がないときに限って、ありえないほどよい手札が常に揃ったりするのです。
競輪・競馬・競艇・パチンコ・パチスロ……いわゆる博打というものは全く興味がなく、いっさいやりませんが、こんなとき、思い出すのが色川武大の言葉です。

これは勝ち星よりも、適当な負け星をひきこむ工夫の方が、肝要で、むずかしいことなんじゃないかな。(中略)大多数の人のように十三勝二敗ぐらいで、いい気になって、持続が軸、ということを忘れそうになるんだ。(中略)勝ち越さなくちゃならないが、前記したように、ばくちで勝って、健康や人格を台なしにしたくもない。自然にまかせて勝つということは、うっかり、そういう大黒星を背負ってしまう可能性をひきいれることでもあるんだね。(中略)だから、九勝六敗の、六敗の方がむずかしい。適当な負け星を選定するということは、つまり、大負け越しになるような負け星を避けていく、ということでもあるんだね。そしてまた、六分勝って、四分捨てる、というセオリーが、ここにも通じるんだ、実は、この神経がフォームとして身についたら、ばくちに限らず、どの道でも怖い存在になるんだけどね。

色川武大・阿佐田哲也ベスト・エッセイ「九勝六敗を狙え──の章(P49)

「負けるが勝ち」という諺がありますが、つまりそういうことなのかもしれません。

色川氏の言葉も簡単ですが、ひとことで要約すると、勝てば勝っただけ負けるときは大きく負けると言うこと。だから、適当に負けてバランス取りましょう、と。

●栄枯盛衰、だから持続が大切

二次元グラフでイメージすると分かりやすいでしょう。横軸を時間、縦軸のプラス側を勝ち、マイナス側を負けとします。大きくプラス側へと振れてしまえば、同じ分だけマイナスへと振れてしまうのです。だから、常に勝ち続けている人は、絶頂期で思わぬ落とし穴にはまってしまう。色川氏は、あえて喩えとして出すことを憚りながらも、向田邦子さんのことを引き合いに出しています。書くものすべてが大ヒット連発中、そんな矢先に搭乗した航空機が墜落したのでした。勝ちすぎたと言うことですね。

人生、自分が望んでいないところで手札が良すぎるというシーンがあるかもしれません。そんなとき、自分で気がつかないうちに勝ち星をあげてしまっているものです。だから、意図的に四分捨てるように気をつけなければならないのです。まあ、これはこれで大変難しい。

と、難しく考えることはなくて、勝ち負けに拘泥しないくらい解脱してしまえばいいのです。子どもたちとテーブルゲームに興じているときぐらいの気持ちで。そうすると、無欲の勝利が自然と舞い込むというわけです。

ただし、そもそも勝負事に臨むという場合は、すでに勝ち負けを意識しているので、解脱とはほど遠いのですが……。

勝ちすぎるとそこに奢りが入ってきてしまい、たいていは足元すくわれてしまうもの。歴史上の独裁者って、たいていはこの部類に入ります。きっと現代の独裁者も同じような末路でしょう、というかそうあって欲しい。

さて、実は色川氏の言葉は現代にこそピッタリ、というか予言的でもあります。「持続が軸」とはっきり書いてあります。今で云うところのサステナブル。もうすこし具体的な箇所を引用すると次のとおりです。

《プロは、一生を通じてその仕事でメシが食えなくちゃならない》

《だから、プロの基本的フォームは持続が軸であるべきだ》

《しかし、なにもかもうまくいくということはありえない》

色川武大・阿佐田哲也ベスト・エッセイ「九勝六敗を狙え──の章(P44)

企業も仕事も、それこそ人生も、サステナブルでないとダメだね、ということがわかった一冊。

『色川武大・阿佐田哲也ベスト・エッセイ:大庭萱朗編/ちくま文庫』

ナルコレプシーって、電源が切れる感じなんでしょうか。

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