ART of book_文庫随想

『考えることについて』_パチモンでした、すんません!

「暇なときにでも読んでみて」と、妻から渡された1冊の本。それは、バラエティ番組などで出演者の悩み事を解決したり、人生相談を受けてアドバイスをしている人が書いたものでした。少し前に、幾度かテレビで観て知っていたのですが、何をしている人なのかは、まったく知りませんでした。
子育てに関する書籍のようですが、「作者とその奥さんとのことが書かれているところ、とても共感できると思うから」というのが、妻が私にその本を推薦する理由のようです。しかも、友人から薦められて借りている本だから、早く読んでね、と。
読みやすく、そして束を出すために、ページ当たりの文字量は非常に少ないその本は、1時間もかからず読了することが出来ました。同じ値段を出すなら、岩波文庫ならたいていのものが買えるはず。文字量からして、圧倒的にバリュー感あるのですが、そんなことを口に出したら、せっかく話題を振ってくれた妻に失礼です(ので、心に収めておきました)。

二番煎じにご注意

よりよく人生を生きるためのHow to本の趣旨のほとんどは、すでにどこかの誰かに書き記されているものです。それはソクラテスやアリストテレスにまで遡ることができるかもしれませんし、カントやデカルト、フッサールが指摘していることかもしれません(裏返せば、人がなんとなく経験則で分かりきっている真理を、敢えて小難しく分かり難く書物にしたのが、哲学者とも言えるかもしれません)。いやいや、旧約・新約聖書に書かれいることもあるでしょう。難解な用語を読み解くのは辛いし、そんな時間もない。だから解釈本を手に取ったり、現代の思想家の著作を読むのは意義あることです。そうして人類の「知」は、ブラッシュアップされて受け継がれていくからです。
……が、たまに、あたかも自分が初めて見つけ出した真理のように語る人がいることも確かです。そうした人には、ふたつのケースがあるように思います。ひとつは、過去の書物にも精通していて、そこから得た知識をあたかも自分の発見であるかのように語る人。もうひとつは、人類の過去の知識には精通していなくて、実生活から得た知識を、あたかも絶対的な真理のように語る人。ただ自分の身の回りにいる人だけに語るのなら問題はないのですが、書籍にしたりセミナーを開いたり、カウンセリングなどを行うと、ちょっと事情が違ってきます。残念ながらどこかペテン師っぽく見えてしまうのです。少なくとも、見識のある人からはそう見えてしまいます。

『考えることについて』に、こう書かれています。

「……幾つかの雑誌が、毎号似たような記事をのせながら売れているのは、多くの人たちの、憧れをあやつっているのであって、しかも大多数の人は、こんなことが出来たらさぞかしいいだろうと思いつつ、それを実行に移さないからだと思う。それは丁度、くりかえしくりかえし、似たような人生論が出て、それが売れているのと同じことである。高遠な学理を説く哲学は相手にされず……」(P281)

串田さんのこの本は、深い見識(知識)と、そして自身の経験から生まれてくる言葉で綴られています。こういう見識を持っている人物の書いた本だと、安心して読むことができます。ウケを狙った造語もなく、上から目線でもなく、心にスッと言葉が入ってきます。そして、自分も人類という〈知〉の悠久の流れの一滴であることを実感できます。パチモンとほんまもんでいえば、『考えることについて』は、ほんまもん。妻が勧めてくれた本は、パチ……おっと、あぶない。

自分も読者の〈憧れ〉をあやつって、というか煽って雑誌を作っていました、ゴメンナサイ、と謝罪したい気持ちになった一冊。

『考えることについて』:串田孫一/徳間文庫カレッジ

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