ART of book_文庫随想

『ひざまずいて足をお舐め_何を書くかのその前に』

表参道に事務所を構えるデザイナー氏のところに打ち合わせに行くと、最近ほんとうに海外の人が多いなと思います。
GYREの1階の、ズラリと並んだ大陸系東洋人の列も、日常の光景となりました。

あるブランドの服を買うために並んだその行列を横目にエスカレーターへと進みながら、一時期の日本を思い出しました。
むかし、日本人もパリの高級ブランドのショップにこうした行列を作っていた時期があったのです。
バブル、という時代です。
生来あまのじゃくである私は、そんな日本人と同じに見られることも耐えがたく、ぜったいにパリなんかに行くものか、と思っていました(本当はそうでもなかったことを、つい数年前に大学の時の同窓生から聞かされましたが……)。
ついでに言うと、ハワイなんて一生行くものかと思っていました。
イエローキャブ、なんて日本人女性が揶揄されていた時代でもあったのです。

しかも自意識が高かったせいもあって、流行っているものはどうしても好きになれません。
だから、ベストセラーと呼ばれるものも、ほぼ手に取ることはありませんでした。
というか、小説は死後20年以上経った作家のものでないと読まないと決めていたこともあります。

しかし、学生の頃は敬遠していた作家の作品も、自分がちょっと大人になってみると、興味がわくこともあります。
大学生の頃、友人がおもしろいと評していたことを思い出した作家の文庫本を一気に読み漁ったのは、20代も最後の頃。

読んだこともないのに、なぜかパリの高級ブティック店で高価なブランド品を買い漁る日本人女性、そしてハワイのビーチで現地の男性とメイクラブしている日本人女性のイメージと重ねて見てしまっていたのが、山田詠美。
たぶん、メディアが作ったイメージか、作品のイメージをそのまま彼女に重ね合わせていたのでしょう。

20代後半になって読んでみようと思ったのは、彼女の頬杖をついたポートレートのせい。
美人の書いた恋愛小説は、妄想ではなく、きっとリアリティに富んでいるに違いない! と。

男性の小説家に置き換えてみましょう。
おそらく若い頃から女性にモテていたにちがいない吉行淳之介の書いた男と女の物語と、たぶんそうではないであろう三島由紀夫のそれを比べたら、どちらがリアリティに富み、どちらが観念的であるか……。
文学的であるか否かではなくて、血が通っているか否かの違いなのです。

きっと当時は、観念的なことではなく、リアリティを求めていたのだと思います。

「文章の上手い人なんて、掃いて捨てる程いるよ。読む人だって、ただ文章の上手い人を求めているわけじゃない。(中略)上手い文章で、何を書くかってことが問題なんだと思う。それは別に、奇抜な題材を選ぶってことじゃないよ。どんなふうに物事を見るかってこと。」

とはいえ、同時代的に彼女の描く世界は、十分に奇抜だったとは思いますが……。

さて、きっとこのとき私が求めていたのは、題名から推測するに、脚フェチを題材にした物語だったのかもしれません。
読了した後、谷崎潤一郎の方がやっぱり脚フェチ的にはエロいなぁ、と感じたのを思い出しました。
自分なら、『ひざまずいて脚をお撫で』ってところかな? とも。

そんな若気の至りな思い出に浸りつつ、「何を書くか」の前に、「文章が上手くないとなぁ」と痛感した1冊。

『ひざまずいて足をお舐め:山田詠美/新潮文庫』