ART of cycling_二輪書

旅するBD-1、東海道五十三次を行く◎43_四日市

BD-1で走破した、東海道五十三次の旅の記録。2018年3月23日〜28日の4泊5日をかけたポタリングの様子を宿場ごとにレポートしています。

DAY 4 18:51_四日市宿

2018.3.26

東海道はアーケード街

東海道旧道は1号線に合流後、海蔵川を渡って再び分かれて裏道へ。三滝川あたりが浮世絵ポイント。

三滝橋は東海道であることを意識した意匠です。

三滝橋を渡ると四日市宿です。
 
あたりはすっかり暗くなって、血糖値も下がってきたようです。桑名宿からここまで、サッと食事を済ませられるような飲食店はありませんでした(見逃しただけかもしれませんが)。
 
ここは是が非でも四日市でコンビニではないお店で食事を摂りたいものです。
 
旧東海道は一度国道1号線に合流しますが、〈諏訪神社前〉で反対側へ渡ります。旧東海道は、BMW i8では通ることができなかったアーケード商店街になるのです。

横断歩道を渡って、左奥へ進みます。

アーケードに入ると、やはりそこは東海道であることがすぐに分かります。東海道と書かれた横断幕に、アーケードの路面には浮世絵がモザイクタイルで再現されています。

路面にはモザイクで在りし日の東海道旧道が描かれています。

しかし、四日市宿にはかつての本陣跡などの姿はありません。
 
でも、これもひとつの宿場のあり方だと思うのです。たまたま四日市宿は近くに駅もあり、戦後の区画整理や工業の発達など活発だったため、時代に合わせて町が新陳代謝しただけのこと。
 
 町並みを残すことに主眼が置かれるあまり、USJの虚構の町並みに似てしまった観光地が数多くある中で、人の生活に合わせて発達した町並みは、やはりいいものです。
 
坂口安吾も『日本文化私観』のなかで「古いもの、退屈なものは、亡びるか、生まれ変わるのが当然だ」と述べています。さらに「京都の寺や奈良の仏像が全滅しても困らないが、電車が動かなくては困る」とも。
 
有名な一節は、「すべては、実質の問題だ。美しさのための美しさは素直でなく、結局、本当の物ではないのである。要するに、空虚なのだ。そうして、空虚なものは、その真実のものによって人を打つことは決してなく、詮ずるところ、有っても無くても構わない代物である。法隆寺も平等院も焼けてしまって一向に困らぬ。必要ならば、法隆寺をとりこわして停車場をつくるがいい。」でしょう。

ひさびさの街の灯りにホッとします。

ほぼ坂口安吾の主張に同感なのですが、これは寺だけでなく宿場などの町並みについても同じことが言えそうです。
 
昭和の雰囲気残る、雑多な表参道スワマエ商店街が、私の心を捉えるのです。
 
『東海道中膝栗毛』では、弥次郎兵衛と北八の二人は四日市に宿泊しています。自分も四日市に泊まってしまおうかとiPhoneでこの日の宿(ビジネスホテル)を検索。
 
すると、幸運にも(というかアンラッキーというべきか)、亀山にお手頃価格のビジネスホテルを発見。ちょっと悩んだ末、予約してしまいました。
 
そういえば四日市宿に泊まった北八は、夜這いに失敗してごまの蝿に間違われて散々だったような……。これは泊まらないほうがいいかも。

四日市では宿泊せずに食事だけにすることにしました。

おふとりさまでスタミナつけて亀山へGO!

そうと決まれば、素早く食事を済ませて先を急ぐ必要があります。

アーケード街をあてもなくBD-1を押して歩いていると、ラーメン店が目に入りました。しかもサッパリではなくコッテリ系。
 
これは入るしかありません。身体も温めたいところだし。
 
頼んだのは、「スタミナにんにくラーメン」
 
この日すでに100kmほど走行していた身体と気分をリセットして、真っ暗な東海道旧道にチャレンジです。

腹ごしらえも済んだので、夜の東海道旧道の旅を進めます。

注:〈  〉内は交差点名を表します。


●GoProからの1枚

何を食べようかとアーケード街を徘徊。この薄暗さが場末感たっぷりでそそられます。

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