ART of book_文庫随想

『「働き方」の教科書』_栄養価の高い本

読みたいときが欲しているとき

購入する文庫を選ぶ際、最近では次の三つ方法から選んでいます。

①文庫が充実している書店に赴き、気になるタイトルを手当たり次第手にして物色する。この時、版元別にきちんとコーナーを分けてある書店に限ること。

②ブックオフや古本屋で、気になるタイトルが目に入ったら、手にとって相性がいいか判断する。

③一冊読んでみて、面白いと思った著者の作品を、Amazonで検索して取り寄せる。

北大路魯山人が彼の何かの著書で、料理研究家が勧める栄養価の高いメニューをばっさり切り捨てていたのを覚えています。魯山人曰く、「体が要求しているものが食べたいもの」。まあ、そんな趣旨のことが書かれていました(そんな私は、魯山人の言葉を至極もっともだと受け入れて、ラーメンばかり食べた結果、肥満になってしまいましたが……)。

これ、知識欲にも当てはまると常々思っていました。
文庫との出会いは一期一会、といつも肝に命じていますが、あとで振り返ってみると、「ああ、あの時にあの本に出会えてよかったな」という本がたくさんあります。しかし、これは偶然ではなくて必然。つまり、自分が欲しているものを、タイトルに引かれて手にとっていると思われるからです。

中高生の頃なら恋愛に関するもの、大学になると人生や仕事について……という具合です。タイトルで今欲している知識を嗅ぎ取っているというわけです。

そして、50歳を前に私がブックオフで手にとったのが、『「働き方」の教科書』。

仕事に疲れた?

いえいえ、そうではありません。
これまで、イヤイヤ仕事をしていたことは一度もありません。
だれもやりたがらない(もしくは大変で引き受けたくない)雑誌を何度も任されてきましたが、そのなかで自分が楽しくやれることを見出してきたので、やらされている感はまったくありません。
そもそも企業や会社は、自分がやりたいことを実現するための手段にすぎないと考えているので、働かされている感覚がないのです(だからワーカーホリックになるんですけど)。

好きなことをやり続ける強さ

でも50を目前にして、仕事で本当に自分らしい表現をするためには、どうすればよいのかをちょっと考えていたのです。

会社という枠ではもう表現できないのではないかと。

そんな時に目に入ったのが、この一冊。
面白いことを書いている人がいるよ、と妻に話すと、「ライフネット生命保険の人でしょ、有名だよ」と返され、いかに自分がこの手の情報に疎いのか、それもよくわかった次第。

この手の啓蒙書、というか生き方のハウツー本は、二番煎じというかニセモノ感が漂うものが多いと以前書きましたが、もちろんこれはそうではありません。

現在の世界では、どれほどニッチな分野で新しい事業を始めても、すでに世の中にあるモノやサービスの亜流の域を出ないと思います。そうであれば、真の意味で差別化が図れる要素は、大義や理念のようなものになっていくはずです。真っ当なことをやり、その理念に共感してもらうことが、ビジネスの成功確率を高めるのではないでしょうか。

(P232)

ビジネスパーソンのカリスマのような筆者であるので、あくまでもビジネス的な視点ですが、実はもっと広い意味にも捉えることができます。
たとえば、ビジネスをアートに置き換えても同じことが言えるのです。
絵画や小説、写真、それこそインダストリアルデザインに至るまで、そこに思想がないと軽薄なものになってしまいます。
口当たりがよくて、心地よい作品って、この世に掃いて捨てるほどありますが、心を打つ作品はわずかです。

それがホンモノ、真っ当なもの。

ただし、真っ当なものは、同時代的には評価されなくて、後年評価されることが多いのも事実です。
真っ当すぎるからこそ、同時代の人には疎まれ、真っ当だからこそ普遍性があるのです。

僕の大好きな学者の先生がいて、小坂井敏晶さんっていうパリ大学の先生ですけれど、何のために学問をやるかといえば、真理を究めたいとか、そんなものは何もないんだとおっしゃっているんですよ。好きだからやっているだけだって。

(P307)

と、いうことで、やっぱり好きなことをやってりゃいいじゃん、ってスッキリした一冊。

『「働き方」の教科書』出口治明/新潮文庫

なんだろう、このやさしさ。これを読むと、人生の出口がわかるかも。

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